上海 横浜 欧米 ティークリッパー ロゴ THE BUND TEA COMPANY

TEA CLIPPER
最高級のお茶をお届けする想いをティークリッパーに込めました

インドやスリランカで紅茶生産が本格化する以前、紅茶は中国だけで生産されて欧米まで運ばれていました。当時、世界最大の紅茶の輸出港であった上海外灘(The Bund)よりロンドンまで紅茶を輸送していた帆船「ティークリッパー」はいかに早く一番茶を届けるかの名誉を競っていました。ティークリッパーで届いた一番茶には最高品質の証として、最高の値段がつけられていました。
そこで、バンド・ティー・カンパニーは最高級のお茶をお届けする想いをティークリッパーのロゴにこめました。





TEA SHOP & SALON
紅茶の歴史が刻まれる場所で創業

英国紅茶商「ギブリビングストン商会」が上海外灘(The Bund)に残した歴史建築がバンドティーカンパニーの本店です。

100年を超えるレンガ作りの建物は当時流行していたクイーンアン復古様式で建築されており、同時代に建てられた辰野金吾設計の東京駅と通じるものがあります。
上海市の歴史建築にも認定されています。

当時からの姿を残す植物を表すレリーフ、天井の装飾には当時の貿易商品のひとつシルクにまつわる桑の葉や蚕(かいこ)、繭(まゆ)が描かれています。

インドで紅茶生産が本格的にはじまる20世紀まで紅茶貿易の中心にあった上海、まさにその生き証人とも言える場所で、上質な紅茶を追求しています。







1908年 ギブリビングストン商会 上海 外灘 英国紅茶商

2010年 the bund tea company 本店 上海 外灘

the bund tea company エントランス
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ギブリビングストン商会とは

ギブリビングストン商会は、英国東インド会社の茶貿易の独占権が廃止された3年後の1836年、2人のスコットランド人が 中国の広州で創業し、イギリスの綿と羊毛を輸入・茶と生糸を輸出する商社でした。1843年開港直後の上海にも進出し、上海では主に茶と生糸の輸出を手掛けました。

当時、紅茶運搬用の高速帆船「ティークリッパー」の全盛期で、中国よりロンドンまで新茶を一番に届ける競争「ティーレース」が盛んに行われていました。ティーレース史上最も激戦と言われた1866年の「グレートティーレース」において優勝した「タエピン号」の荷主であった ギブリビングストン商会は紅茶の輸出商として不動の地位を築いたといわれます。

その頃より海運業にも進出し、1898年には自社で蒸気船航路を運航します。 上海と香港を中心に19世紀後半より保険・不動産などに進出し多角化を行います。 1949年の新中国成立後は、中国本土を引き払い香港で営業を続けますが、1964年に英国系の商社「ボルネオカンパニー」に買収されます。

ギブリビングストン商会は1860年代に日本の長崎のグラバー商会とも取引があった記録が残っています。 グラバー商会は、スコットランド人であったトーマスグラバーが開港直後の長崎で開業した 商社で、上海の商社を通じて仕入した武器や艦船を坂本竜馬の設立した亀山社中や 薩摩藩・長州藩に販売し、グラバーの融通した最新式の武器が倒幕成功の一因となりました。 各藩からの代金回収が滞ったことと、戊辰戦争が早期終結したため武器や弾薬の在庫を かかえたことにより、1870年にグラバー商会は倒産します。 その時、艦船などの未払代金と思われる12,875ドルの負債を上海のギブリビングストン商会に残しています。


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